google.com, pub-4426889494877513, DIRECT, f08c47fec0942fa0 憲法改正議論 欠けている視点: 虹と雪、そして桜

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2015/07/12

憲法改正議論 欠けている視点

集団的自衛権なんてイラナイ!!

個別的自衛権があれば充分だ!!

という議論・・・

 

この議論、

正しいかどうか?

ということより、

国民主導ででてきた議論ではない!

ということのほうが気になります。

 

そもそも、この議論が出てきたとき、

集団的自衛権とは何か?

をきちんと説明できる国民はほとんどいませんでした。

 

ふつうに生活していれば集団的自衛権なんて

知らなくてあたりまえですし

知らなくてもいいことでした。

 

また、日本人にとっては、理解が難しい概念でもあります。

 

集団的自衛権とは何か?

を理解するためには、

まず「国家と国民」の関係を

理解しておく必要があります

 

日本語では、国民nationにも国家stateにも「国」という文字がはいっているため

「国」というと、

どちらをさすのかあいまいですし

両者は主従関係にある

と、考えている日本人が多いと思います

 

しかし

国家Nataionと国民Stateは、共存共栄しつつも

しばしば利害が「対立する」組織(階級)なのです

国家(政府)は、国内法によって、国民の権限を縛りつけます

 

逆に

国民は、憲法によって、国家(政府)の権限を縛りつけます

国家(政府)は国民の安全な生活を保障するかわりに

国内法によって

国民から税金を徴収し

暴力(軍隊・警察)を行使する権限を与えられています

 

このように、憲法は、

国家(政府)の暴走を予防します

憲法は、国家(政府)の権限を縛り付けるものです

 

歴史的に証明されている通り、

政府はたびたび腐敗します

堕落した政府は、しばしば国民にとんでもない仕打ちをします

 

憲法は

そんな政府の横暴から国民を守る法律です

 

さて

その憲法ですが

世界各国に存在し

そのうち

日本国憲法は

日本政府(国家)が集団的自衛権を行使することを禁じています

 

これが日本国憲法が平和憲法といわれる由縁です

恒久平和主義

これは、日本国憲法の大きな特徴です

 

この日本国憲法は

敗戦下にアメリカの指導によってつくられたことは周知の通りです

 

一方

あまり知られていませんが

平和憲法は、アメリカから日本国民への大きなプレゼント

というのが

一般的なアメリカ国民の考え方です

まぁ、

実際には

プレゼントというような美しいものではなく

日本国家(政府)が二度とアメリカに暴力で歯向かわないように

GHQが定めたものです

 

反対に

日本政府(国家)の立場からすれば

強力に権限を縛り付けられた

かなり「屈辱的な憲法」

と、いえます

 

極論すると

日本国民は

国家(政府)権力へのありえない程の制限をなしえることに成功している

めずらしい国民なのです

 

いきさつは、どうであれ・・・

 

興味深いことに

管理人の知り合いのアメリカ人はみんな

平和憲法をうらやましいと思っています

 

だから「プレゼント」なんていう

日本人が聞いたら「?」と思うような表現がでるのです

 

でも、だいたい

人がうらやましいと思うものは

いいもののはずです(笑)

 

さて

 

問題は

国際法が、日本を含むすべての政府(国家)の集団的自衛権を認めている

ということです

 

しかし

法律の順位は

憲法>>>国際法

です。

 

日本政府は

アメリカ政府からの強い要請により

憲法(の解釈)を改正しようとしています

 

政府と政府の間における義理

 

日本国民による要請ではありません

 

尖閣や竹島の防衛なら

個別的自衛権で対応できます

朝鮮戦争がおこったって

個別的自衛権で十分対応できます

 

・・・

 

いったい

日本国民の「誰」が

集団的自衛権が必要だ!

言い始めたのでしょうか?

 

いえ

誰も言っていないのです

集団的自衛権は

アメリカ政府からの要請です

 

憲法は日本国民のものです!

政府が勝手に解釈をかえたりできません

 

何も

憲法を改正してはいけない!!!

と言っているのではありません

 

とにかく

議論する以前に

みなさんに

国民Nationと、政府(国家)Stateは、「対立する」組織である

ことを、しっかり認識して欲しいのです

 

憲法を改正するのは国民主体であるべきだ

ということです

 

憲法を改正するなら

国民が主体となって

国民の都合によって

改正されるべきです

 

正直

日本国民に

憲法の改正が必要だ

とか

 

憲法の解釈をかえる必要がある

という雰囲気は、この話が出るまでは

ほとんど~ぜんぜんありませんでした。

 

というか

この議論が出はじめた頃は

集団的自衛権って何?

という国民がほとんどでした

 

日本国民の誰も

集団的自衛権なんて必要と思っていなかったのです

 

それなのに

議論を既成事実化させようとしている

日本国家(政府)の怖さ・・・

 

政府(国家)の問題だけではありません

日本国民側の問題として

国民nationと、政府stateの関係を強く意識できている人が少ないように思います

 

まず

日本国憲法は誰のものなのか?

を今一度よく理解したうえで

ほんとうに

個別的自衛権だけで充分ではないのか?

ほんとうに集団的自衛権を有するほうが戦争抑止力になるのか?

集団的自衛権を持たないほうが戦争抑止力につながるのではないか?

 

日本「国民が主役」となって

議論の流れをコントロールしなければ

話になりません

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